ものづくりのこと

双嶽軒

2022年7月22日公開

「実生(みしょう)」の隣に建つ茶室「双嶽軒(そうがくけん)」は、
焙じ茶の茶事(ちゃごと)を行う場所としてつくられました。

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「焙じ茶を最もおいしく味わうための空間」を
考え続けた3年間。

石川県加賀市動橋(いぶりはし)町にある丸八製茶場の店舗「実生」。その隣には、小さな建物が建っています。
「双嶽軒(そうがくけん)」と呼ばれるその建物では、3種の焙じ茶と、それに合わせたあてで組み立てた「茶事(ちゃごと)」と呼ばれる焙じ茶のコースを楽しむことができます。焙じ茶をおいしく味わっていただくためにつくられた空間で、じっくりとお茶と向き合う時間は、日常と切り離された、特別なものです。

焙じ茶のために生まれた現在の「双嶽軒」。「双嶽軒」が生まれたきっかけは、丸八製茶場に古くからあった同名の茶室「双嶽軒」の「実生」への移転計画でした。旧「双嶽軒」は、丁寧に手入れされた庭に囲まれた、畳敷きの4畳半の茶室でした。当初は、移転後の「双嶽軒」も、この4畳半の空間をもとにしたものになるはずでした。

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旧「双嶽軒」があった丸谷家の敷地。「双嶽軒」という名前は、ここから見える石川県小松市と加賀市の間にある鞍掛山のかたちからつけられました。

しかし、「同じものをつくっても意味がない」という五代目 丸谷誠一郎の言葉で移転計画はいったん白紙となります。そして、新しい「双嶽軒」をつくるために、「焙じ茶を最もおいしく味わうための空間」について考える日々がはじまりました。

従来の茶道には独自の作法があり、そのすべては煎茶や抹茶をおいしく味わうために存在しています。焙じ茶には、昔から続く作法や茶道はありません。焙じ茶の茶事をつくりあげるということは、それが焙じ茶における茶道になり得るともいえる、重大な作業です。

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「焙じ茶をおいしく味わう」という行為には、空間と時間が密接に関わっています。空間を考えることは、すなわち時間を考えることでもあります。

焙じ茶について考え続けた結果、たどり着いたコンセプトは「緊張と緩和」でした。煎茶に比べて口あたりが優しく、ほっこりとした味わいの焙じ茶は、その香りで人をリラックスさせてくれます。温かな焙じ茶を口に含んだ時に緊張がゆるんで「ほっ」とする感覚は、他の飲み物にはない、焙じ茶ならではのもの。

そうであれば、焙じ茶は、作法や決まりごとに捉われず、気軽な気持ちで飲むものでありたい。あえて「茶事」を「ちゃじ」ではなく「ちゃごと」と読むことにも、そんな思いを込めました。そして、おいしい「ほっ」をつくり出すために、「双嶽軒」にはさまざまな工夫がこらされることになりました。

「緊張と緩和」。
ラボと茶室の、ふたつの時間。

「双嶽軒」に入ると、まず広がるのは、「ラボ」と名付けた、白を基調とした無機質な空間。スタッフがカウンターで丸八製茶場のお茶づくりについて解説しながら、「献上加賀棒茶」の原料を焙じ、お客様に焙煎前と焙煎後のお茶の違いを味わっていただきます。

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「双嶽軒」の入口。ガラスの引き戸を開けると、障子に囲まれた空間が広がります。障子の表と裏どちらにも和紙を貼る仕上げは「太鼓張り」といわれ、茶室でよく使われるものでもあります。

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ラボの三方は和紙に囲まれていますが、床はコンクリート、カウンターは金属で仕上げられた、まさに研究室のような空間です。

少しだけ焙じ茶の「お勉強」をした後は、ラボの奥に設けられた入口から隣の茶室へ移動します。少し低めにつくられているため頭を下げて使うこの入口は、茶室建築の「にじり口」をイメージしたもの。「緊張と緩和」の体験を隔てるアクセントになっています。

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障子を通した光が白い空間をつくり上げるラボと、外光を選択的に取り入れる窓を設けた茶室。光の設計にも、「緊張と緩和」のコンセプトを表現しました。

茶室に入ると、そこには細長い窓から柔らかな光が差し込む、落ち着いた空間が広がります。壁に練り込まれた焙じ茶がつくりだす温かみのある色合いは、さっきまでいたラボの緊張感ある白と対照的です。高く取られた天井は繭のように丸くなっており、空間のかたちからもどこか安心感を覚えるつくりになっています。

旧「双嶽軒」の移転計画がはじまったときから、新しい「双嶽軒」で椅子とテーブルを使用することは決まっていました。畳の暮らしが少なくなった今、茶室で正座して飲むお茶は、どうしても一部の人のものとなってしまいます。若い人からお年寄りまで幅広い方に焙じ茶を楽しんでいただくために、椅子のスタイルにこだわったのです。

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壁に使われているのは、商品にならなかった焙じ茶を練り込んだ塗料。椅子とカウンター、小さなテーブルだけで構成された茶室には、焙じ茶の味と香りだけに集中できる贅沢な時間が流れます。

茶室の敷石には、神社の鳥居などに使われる石川県小松市滝ヶ原の石を使いました。主張しすぎない、しかしコンクリートよりも柔らかさが感じられる自然の素材は、静謐な中にもどこかリラックスできる空気をつくり出してくれます。

一杯の焙じ茶で感動をつくり出す
こだわりの素材と道具。

「にじり口」で隔てられた二つの空間のコントラストを楽しんでいただいた後は、いよいよ茶事(ちゃごと)と呼ばれる焙じ茶のコースがはじまります。目の前にあるカウンターでは、丁寧に焙じ茶をいれる所作を間近でご覧いただきながら、スタッフと会話を楽しむことができます。季節の焙じ茶2種類と献上加賀棒茶で構成された茶事は、それぞれに季節に合わせたあてが添えられます。

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ミズメザクラでつくられたカウンターは、新「双嶽軒」の空間に合わせて、石川県加賀市で家具を製作されている「NEUTRAL」にオーダーしたものです。

カウンターに使われたミズメザクラは、その昔「梓(あずさ)」と呼ばれ、弓をつくるのに使われていた素材です。お客様の目の前で秒単位の時間にこだわって焙じ茶をいれる緊張感とお茶を飲んでほっとする感覚を、弓をひく緊張感と弓を放った後の緊張の緩和に見立てました。

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新「双嶽軒」のために陶芸家 中田雄一さんにオーダーした器。背の高い器は「献上加賀棒茶」のため、白い器は「季節のほうじ茶」のためと、お茶の種類によっても使い分けています。

通常は香りを楽しむために華奢な器を使用することが多い「献上加賀棒茶」ですが、新「双嶽軒」の「献上加賀棒茶」の器は、金沢で活動している陶芸家 中田雄一さんの厚みのある器です。スタッフが緊張感をもっていれた焙じ茶を、お客様が「ほっ」としながら飲んでいただけるように、両手で包んだときに熱くなりすぎないよう、厚みを計算しました。素朴なデザインも、リラックスできる雰囲気づくりに一役買っています。

大切に残された
旧「双嶽軒」の風景。

「焙じ茶を最もおいしく味わうための空間」を考えてつくられた、新しい「双嶽軒」ですが、実はさまざまな場所に旧「双嶽軒」ゆかりのモチーフが残されています。

ラボと茶室を仕切る障子にあしらわれているのは、アーティストの堀江美佳さんによる作品です。石川県南加賀の山から採取した雁皮(がんぴ)と呼ばれる植物からつくった和紙に、「双嶽軒」の名前の由来である鞍掛山の写真をサイアノタイプという技法を使って焼き付けました。

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ラボと茶室を区切る障子を閉めると、青い鞍掛山が現れます。青の濃淡で表現された写真には、未来のような過去のような、不思議な雰囲気があります。

ラボと茶室の天井の高低がつくりだす「二つの山」も、「双嶽」を表すもの。そして、この「二つの山」は、「緊張と緩和」の、ふたつの山を表現しています。

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茶室の照明は、京都 御所南の照明器具専門店パラボラのもの。シンプルで温かみのあるデザインを、焙じ茶のおいしさを楽しむための照明として選びました。

建物を構成する素材から茶事のための器まで、新しい「双嶽軒」を構成する一つひとつのものには、丸八製茶場のこだわりが込められています。そして、それは3年に渡った新「双嶽軒」プロジェクトの中で、多くのアイデアの中から厳選されたものです。

本当にいいものをつくるためには、多くの学びと検証が必要です。プロジェクトのために学んだことのうちの多くは、「これではない」と決断するためのものでもありました。できあがったものとして目に見えるもの以上の積み重ねが、ものづくりの精度を上げていくのです。

新しい「双嶽軒」は、今年で3度目の夏を迎えようとしています。眩しい日差しを受けて輝く緑を眺めながら、ゆったりと穏やかな時間が流れるその場所には、今日も丸八製茶場が心を込めて作り上げた「焙じ茶を最もおいしく味わうための空間」があります。

実生/双嶽軒
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