丸八製茶場の人

丸谷誠慶さん

2021年4月29日公開

丸八製茶場のお茶は、丸八製茶場の人がつくっています。
丸八製茶場は、丸八製茶場の人でできています。

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丸谷誠慶さん六代目 代表取締役

石川県加賀市動橋(いぶりはし)町出身。大阪へ進学し、神戸でエンジニアとして就職した後、家業である製茶業に転身。2013年社長就任。『25ans(ヴァンサンカン)』で「ご当地プリンス」として紹介されるなどイケメンキャラで露出されることも多く、地元の飲み仲間にからかわれている。三児の父。愛犬のパピヨンの名前はりんご。釣れるとうれしい魚はあじ。

動橋で成長した会社が
動橋でできること。

丸八製茶場の未来についてうかがったとき、丸谷さんがまず話したのは「動橋にこだわりたいですね」という言葉でした。丸八製茶場を代表する商品である「献上加賀棒茶」は、石川県の中でも、金沢のお茶というイメージが強いですが、実は加賀市動橋で生まれた商品。現在六代目の社長を務めている丸谷さんは、動橋生まれ、動橋育ち。一度関西で就職しますが、家業を継ぐかたちで動橋に戻りました。

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町内を流れる動橋川。動橋は、江戸時代には北陸道の宿場町としてにぎわっていました。

JR動橋駅に降り立つと、そこから歩いてすぐの場所に昔の丸八製茶場の本店があります。「昔の動橋は栄えており、かつては駅前から続く商店街もあったのですが、今は廃れています。町の中だけでは衣食住が整わない、という状況は現在の地方都市にありがちなことかもしれませんが、一企業としてそれを変えていきたいという気持ちはあります」。

現在の本社は、動橋駅から歩いて15分ほどの場所。誰でも焙じ茶の製造工程を見学できる工場が併設されているほか、喫茶・ギャラリー「実生(みしょう)」、茶室「双嶽軒(そうがくけん)」など、丸八製茶場の世界観を楽しむことができる空間もあり、近隣の方や観光客で賑わっていました。

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本社に併設された喫茶「実生」では、さまざまなお茶の楽しみ方を提案しています。

「お茶を楽しむ場をつくることは、大切にしています」という丸谷さん。「企業として売上を伸ばすことだけが成長ではないと思うんです。丸八製茶場は、価値を創造する会社でありたい。そのとき、つくったその価値を、何らかのかたちで動橋に還元したいと思っています」と語ったその夢は、少しずつ叶えられているのかもしれません。

丸八製茶場は、動橋の実生のほかに、金沢に2店舗、富山に1店舗、品川に1店舗を持っています。「各店舗のスタッフには、その場所だからこそできることを考え、工夫を凝らすことを求めています」という丸谷さん。そこには、丸谷さんが動橋を大切にしているように、スタッフにそれぞれの場所を大切にしてほしいという思いが込められているように感じました。

「一番茶が一番いい」を覆す力が、
焙じ茶にはある。

お話は変わって焙じ茶のこと。丸八製茶場を代表する商品「献上加賀棒茶」は、かつて安価なお茶とされていた茎の焙じ茶「棒茶」の原料と製法を見直し、価値を高めた商品です。

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「焙じ茶の味は、いれる水でも微妙に変わるんです。そういう繊細さも焙じ茶の魅力です」。焙じ茶について語りだすと止まりません。

「焙じ茶は、お茶を焙煎してつくるのですが、この焙煎にとても可能性を感じています。『献上加賀棒茶』は一番茶が原料ですが、例えば緑茶としてはあまり価値がないとされる二番茶などの茶葉が、焙煎ですごく面白い焙じ茶になったりする。一番茶がよい、という固定観念を変えることができたりするんです」。

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二番茶を焙煎し、商品化した「深炒り焙茶 BOTTO!(ボット)」。奥行きのある味わいと包み込むような甘味が特徴です。

丸八製茶場のものづくりの精神の原点であり、食品の安全性とおいしさの両立を目指す「良い食品づくりの会」で、丸谷さんは今、会長も務められています。「有機栽培のお茶は、まだ緑茶としては商品化が難しいものもあります。しかし、丸八製茶場では継続的に安全性にこだわったお茶を生産している農家さんから仕入れをしています。そういったお茶を焙煎し、おいしい焙じ茶として市場に出すことができれば、一番の応援になるので」。焙煎によって茶業界の常識を覆す試みは、ここでも行われています。

あくまで謙虚に、でも楽しむ心を忘れずに。
一人ひとりが考える会社でありたい。

焙じ茶の世界では第一人者ともいえる丸八製茶場。おいしさへの自負も大きいのかと思いきや「おいしさを判断するのは、あくまでお客様」と、謙虚です。社員にもその精神は行き渡っています。石川県の「日本茶インストラクター」の資格者の多くは、実は丸八製茶場の社員(2021年4月現在)。焙じ茶の仕事をするなら原料である日本茶から学ぶべし、という丸谷さんの方針のもと、会社の制度として取得を応援しているからです。

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焙じ茶だけでなく、日本茶全般への深い造詣をベースに、丸八製茶場のお茶はつくられています。

一方で、求める人材は「好奇心が強い人がいいですね。好奇心の対象は、お茶ではなくて音楽でも、コーヒーでもいい。面白そう、という気持ちで動ける人」と言います。「長い歴史がある煎茶や抹茶の業界は、その文化を守るため、業界としては固い部分があります。それに比べて焙じ茶の世界は新しく、自由度が高いところがある。そこを一緒に面白がれる人がいい」。

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2020年には社員の発案でネットを通じてライブ配信を行い、丸谷社長自ら出演しました。

丸谷さんの朝は、前日に焙煎した焙じ茶の試飲からはじまります。気候によって日々変わる原料のコンディション。それに合わせ焙煎の仕方も調整するのですが、昨日と今日で味が同じになるようにとは、指示をしないのだそうです。「よりよい味になるようにと、言っています」。150年以上の歴史を持ちながら、常に新しい道を切り拓いてきた丸八製茶場。その歴史は、今日も動橋の地で、動き続けています。

(聞き手:阿部希葉)